INTERVIEW 私たちの使命
上原 大輔
上原 義則

代表取締役社長上原 大輔

対談

会長上原 義則

経営者の最大の使命は存続である。1980年の創業以来、40余年にわたり、培ってきた金属加工の技術とノウハウで業界を牽引してきた。経営者 (引き渡す側)と 後継者(引き継ぐ側)には、それぞれの思いと理想がある。2021年5月、上原大輔が新社長に就任。新時代に向けて創業者から新社長へのメッセージと、経営のバトンを託された新社長が意気込みを語る。

独自路線をとらないと、
生き残ることはできない

創業以来、経営者として大切にしていたことはありますか?

32歳で会社を立ち上げたときは量産品の製造で売り上げもありましたが、生産の拠点が中国や韓国などの海外に移って方向転換しなければならなくなった。弊社の事業は金属加工ですが、時代の流れに合わせて仕事のやり方を変えないと生き残れない時代になりました。理想や理念はあまり考えたことはなく、町工場の鉄工所という意識もなく続けてきましたが、会社をつくったからには会社を残すことはいつも考えていました。

経営に必要な戦略や、ご自身が経営の指針にしていたことはありますか?

顧客のニーズを理解することも大切なことですが、戦略と競争優位の核心は活動にあります。会社が生き残っていくためには、競合他社と同じ活動を異なる方法で行うか、他社と異なる活動を行うかを決めることではないかと思っています。

会社存続の危機もあったと思いますが、どのように乗り越えたのでしょうか?

4回倒産の危機がありました。1回目は銀行と取引停止になった。売上帳と手形を持って知り合いの会社に行き、2か月後に800万が必要なので500万借りて乗り切った。それで1年間は銀行を必要としなかった。それができたのは信頼できる人間関係があったからではないでしょうか。40年間で8割が飛び込み営業でしたね。

2020年は新型コロナウイルスの影響が大きかったのではないでしょうか?

12月にキャンピングカーを借りて東京の取引先に直談判に行きました。仕事がないときに電話を待っていても仕方がない。打ち合わせも商談もできないので人と会わない独自の営業を始めました。4日間のレンタル代7万6000円で1500万の契約をしました。
ホテルに泊まらない、人に会わない営業を考えてやってみる。何事も成功するかわからないがやってみる。誰もやっていないことをやる。いつもそんな思いでやってきました。

実際に廃業や倒産した会社も多かったのではないでしょうか?

30社くらいあった町工場で生き残ったのは3社だけです。オイルショックとリーマンショックで多くの同業者が倒産しました。今回のコロナで廃業したところも聞いています。倒産した会社の7、8割は慢心です。ピンチはチャンスと言われているようにコロナもチャンスと思っています。たとえ、一時的に儲かることがあっても、ピンチのときに状況に合わせて方向転換することを恐れない。町工場が生き残るには大手にぶらさがらず、独自路線でオンリーワンをめざすこと。時代はどんどん変化するから慢心して新しいことに挑戦しない会社は倒産します。

すぐれた経営者ほど失敗が多いと聞きますが、失敗から学んだことはありますか?

新しい機械を買って、設備投資をして、真空焼入れをやって、25年の間にいろいろ失敗もしてきましたが、下請けの量産品の仕事だけでは将来がないと思ったので15年くらい前から仕事のやり方を変えた。取引先の仕事をすべて断って独自路線に切り替えて、大手に飛び込み営業をかけていった。経営理念はなかったですね。考えたことがない。食べていくのに必死だったので競争してきたという意識はなかった。他社と同じことをしていてはダメだという思いで40年続けてきましたが、それは過程であって2代目からどう進化していくかですね。儲けることばかり考えないで挑戦している会社しか生き残れない。考え方も同じで固定観念を捨てなければ先へ進めない。

海外展開と人材育成を軸に、
会社の未来とビジョンを描く

そんな先代が立ち上げた会社を新社長から見て会社の強みは何でしょうか?

他社がしない仕事を積極的にやっていくことですね。他社がやらないような、やりたくない仕事も嫌がらずにやることで技術力を積み上げて高めてきました。それが弊社のいちばんの特徴であり、強みだと思っています。町工場として独自路線を取ること。金属加工では他社ができない、やらないことをやる努力と工夫。「真似をしない」を実践し続けてきた会社だと思います。

新社長としてバトンを引き継いだわけですが、描いているビジョンはありますか?

やりたいこと、やるべきことはいろいろありますが、それをやるにしてもまずは基盤つくり、基盤がしっかりしていなければできることもできません。設備などのハード面と、人材育成のソフト面も含めて、今は社内体制を整えているところです。

具体的に取り組んでいこうとしていることはありますか?

ベトナム工場の設立を考えています。弊社では2009年からベトナム人を採用し、多くの社員が活躍していますが、彼らの将来と生活を含めてメリットがあります。日本経済は落ち込んでいますが、ベトナムは若い世代が多く、今後、経済成長が見込まれています。これから製造業を続けていくにはベトナムやラオス、ミャンマーといったアジア諸国と手を携えていく必要があります。そのためには優秀な人材は欠かせません。もちろん、海外からの人材も必要ですが、ベースとなる日本人の人材は急務です。将来を見据えて社内教育に力を入れるとともに、高専や大学から優秀な技術者を採用し、幹部候補生を含めてリクルートに力を入れているところです。

人材獲得に力を入れているいちばんの理由を教えてください。

技術のフローが速くなって、たとえば、AIによる完全自動化で8時間の作業が20分で可能になる時代になっています。これからの金属加工は今のままで継続するのは難しくなり、弊社の機械の設備も職人の技術もAIが分析してロボットに取って代わる時代になっていきます。これからは機械加工や金属加工の技術よりも、経済がどう動いているか、本質を見極める目が必要になってきます。その本質を根本的に理解していなければ、得意先が得意先ではなくなってしまいます。

新社長にこれから期待すること、求めていることは、どのようなことでしょう。

金属や機械加工だけではなく、いろいろなことをやってきましたが、必ずしもすべてうまくいったわけではない。それでも、自分のめざしている技術があって、72歳だがあきらめていない(笑)。地球のためにできること。それが夢ですね。会社が儲けることも大事ですが、将来にわたって世の中を変えるようなことができないか。今は社長になって目の前のことで精一杯だと思いますが、将来的には日本の社会に貢献できるような会社をめざしてほしいですね。

リーダーに必要なことは、
言霊がなければならない

会社経営に必要な組織づくりの理想はありますか?

30人規模の会社では社長と専務と腹心が5人いて機能すれば会社は成長する。新社長が入るまでは、私が一人で引っ張ってきたので、新社長の長男と伊丹工場の工場長の次男を中心に幹部を育てること。ワンマン社長ではいけない。会社を引っ張って成長させていくためには幹部候補生の育成も忘れてはならない。会社の経理は人任せではなく、マイナスとプラスを自分で把握する。経営判断はとにかくやってみること。あとは「人よりも早く出社して早く退社する」ことですね。


海外展開に向けて設備投資にお金をかけることも大事ですが、会社を動かすのは人ですので、これからは社員教育と人材育成に力を入れていきたいと思っています。町工場のイメージをなくし、若い人がいろいろなことにチャレンジしているところをアピールしていきたい。独自の技術と活気のある社風に興味を持ってもらえるような会社にしたい。

経営者として社員を引っ張っていくために何が必要だと思いますか?

社員と思っていない。家族と思っています。経営に必要な競争と戦略について、一人ひとりに意識改革を求めたことがあったが、なかなか浸透しなかった。社員教育をしていくら理想を話しても思うように伝わらない。私が取り組んだことは、たくさん本を読んで勉強して社員の意識改革から始めましたね。経営者として言霊が大切です。話す言葉に魂を込めろと言いたいですね。人を動かすには社員にも取引先にも発信力として強いメッセージが重要になってきます。それと、現場を離れていては人はついてこない。社長の独りよがりで現場も見ないで潰れた会社を見てきた。すぐれた人材を入れるためには、意識が高い人材を受け入れられるような会社にしなければならない。

先代は経営理念はないとお話されていましたが、新社長として継承したいことは?

変えないことは先代が実践してきた失敗を恐れないこと。常に新しいことに取り組んできたチャレンジする気持ちは、いつの時代も変わることがない普遍的なことなので、上原精工のスピリッツとして継承していきたい。

新社長が後継者として準備してきたことや、意識してきたことはありますか?

先代はものづくりで日本に貢献しようという思いで会社を起こしました。その思いを私や弟の工場長が引き継ぎ、たくさんの人に興味を持ってもらえるような魅力あふれる会社にすることだと思いますね。先代がゼロから始めたということで機械や設備に対して思い入れがあると思います。それは弊社の大切な資産でもあり、金属加工の会社としては設備は他社より充実しています。そのアドバンテージを生かし、人材育成に集中できる環境にあるので、その分、人材育成にシフトしていきたい。


設備投資しなかった会社は潰れている。弊社はNC旋盤で始めたが、マシニングを習得して、研磨機を入れ、スロッターを入れました。さらに、ワイヤー、ターニングと設備投資を行ってきたので町工場としては他社よりも機械の種類が多く、あらゆる受注に対応できる体制にしているので、仕事は少なくなってきているが、弊社だからできる仕事も多くあります。旋盤だけや研磨だけを専門にやっているところは経営できなくなった。いろいろな機械が揃っていろいろなことをやっている。いろいろなことができる。加えて、技術力もある。そんな会社でなければならないし、そうしないといい人材も集まらない。

メーカーとタイアップできる、
技術力を持った会社をめざす

新社長としてまずやりたいこと、取り組んでいこうとしていることを教えてください。

現場の作業では仕事の見える化です。すでに実践しているのですが、それが見えるまでのタイムラグがあります。作業効率や外注費などのコスト、納期までを見直していくことで、さらなるスピード化を図り、改善していきたい。また、オペレーターとして機械を扱うだけではなく、CAD、CAM、そして、CAE(構造解析〕までできる技術を持った若いスタッフを育て、解析までやるということはメーカーと勝負することができます。

解析ができるというのは会社としての大きな強みになるのでしょうか?

従来、メーカーが取り組んでいることをメーカーに代わって町工場ができる。解析ができるスタッフがいるというのは大きな魅力になるでしょう。メーカーからの受注の仕事だけでなく、メーカーとタイアップできる会社にしたいですね。技術力を提案できるような会社になってこそ、本当の機械加工、金属加工の会社になります。そこを強くアピールして人材獲得に結びつけていきたいですね。

業界の未来に対して会社として、今、できることは何でしょうか?

金属加工業界は農業と同じようにまだまだ大きな可能性があると思っています。限界まで進んでいる業界ではありません。先代からの機械設備はまだまだ通用しますし、ベテランの職人に頼る部分もあります。それでも、いずれは、職人という言葉もなくなってAIに変わっていくのは自然の流れです。今のところ、AI導入は臨機応変に対応し、実際にどこまで頼れるかわからない部分もあります。逆に量産品に対しては、単品加工や短納期の特急便も多いので、すべて対応できるかわからないのが現状です。

最後になりましたが、新社長就任の決意表明をお聞かせください。

経営の指針としては数字に重きを置いてリスクとリターンを考えたい。先代の時代は経験にもとづいた勘に頼ることもありましたが、私にはそこまでの経験がないので数字を見て、数字を読み、どうするかを見極めて判断するようにしたいですね。先代がやってきた新しいことに挑戦して取り組む姿勢はすばらしいことです。やると言って、反対して、失敗して、でもやる。その繰り返しで成功がある。喧嘩や衝突したりすることもありましたが、父として経営者として長所も短所も含めて、その背中を間近でいろいろ見てきて、社員が誇れる会社、社員が自信につながる会社にしたい。確実に今よりもいい会社にする自信があります。期待してください。